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日本对中国的认知演变:从甲午战争到九一八事变 国际问题类;专著;日本;国际关系史

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丛书名:
王美平   社会科学文献出版社  2021-01 出版
ISBN:978-7-5201-7025-3

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图书简介 目录 参考文献 音频 视频
本书运用实证主义与比较史学的方法,参考国际政治学、认知心理学等相关学科的理论,以中国近代国民国家构建过程为研究对象的客体参照系,以大量的日文原始资料为基础进行纵向流程性与横向专题性相结合的研究,主要探讨日本对于中国近代社会转型的必要性、转型道路、转型动力及转型效果等问题的认识,展示了该时期日本对华观的基本内容、发展脉络与重要特征,揭示了日本发动侵华战争的深层动因与思想根源,阐释了日本对华观及其行动选择之间的互动关系。
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  • 作者简介
  • 绪论
    1. 一 研究缘起与意义
    2. 二 学术史回顾
    3. 三 概念界定与用语
    4. 四 研究视角与方法
  • 第一章 列强瓜分时期日本的对华认知
    1. 第一节 甲午战争前后日本对华观的变迁
    2. 第二节 列强瓜分下的“中国亡国观”
    3. 第三节 日本的戊戌变法观与对外战略选择
    4. 第四节 义和团运动与“支那已死观”
  • 第二章 清末新政时期日本的对华认知
    1. 第一节 新政与“黄金十年”
    2. 第二节 日本政府对前期清末新政的认知
    3. 第三节 日本对中国东北局势的认识与对俄开战
    4. 第四节 日本政府对载泽使团访日考政之观察与应对
    5. 第五节 日本对后期清末新政的认识与对外战略
  • 第三章 辛亥革命时期日本的对华认知
    1. 第一节 日本政府的“政体之争”与初期对策
    2. 第二节 “南北议和”后的“革命性质”之争
    3. 第三节 “中国分割论”及其影响
    4. 第四节 “中国保全论”及其实质
  • 第四章 五四运动时期日本的对华认知
    1. 第一节 围绕“二十一条”的认知
    2. 第二节 “日支亲善”的政治欺骗
    3. 第三节 “大亚细亚主义”的民间呼应
    4. 第四节 日本有关五四运动的认知
  • 第五章 国民革命时期日本的对华认知
    1. 第一节 北伐前关于中国的“独统观”
    2. 第二节 四一二政变前日本政府对国民革命的观察与反应
    3. 第三节 四一二政变后田中义一内阁对国民革命的观察与应对
    4. 第四节 东方会议上的对华时局观与对华政策
    5. 第五节 从“满蒙特殊权益论”到“满蒙领有论”
  • 第六章 结论
    1. 一 近代日本强权观念支配下的对华观
    2. 二 近代日本对华认知的主体及其决策方式
    3. 三 近代日本对华认知的演进与博弈
    4. 四 近代日本对华认知的规律与特点
    5. 五 从日本的对华观反思中国
  • 后记
[1]1.日本外务省编发的从明治时期到昭和时期的《日本外交文书》。 [2]2.日本亚洲历史资料中心所公开的日本外交史料馆、日本防卫厅防卫研究所、日本国立公文书馆等机构所藏的相关档案。 [3]3.台北“国史馆”所藏相关档案。 [4]4.斯坦福大学胡福研究所藏《蒋介石日记》(手稿本)等。 [5]1.『興亜会報告』第2集、1880年4月1日。 [6]2.『郵便報知新聞』1872~1894、日本マイクロ写真(製作)、1957.2。 [7]3.『東京日日新聞』[マイクロ資料]1872.2.21~1942.12.31、東京:毎日新聞東京本社。 [8]4.『自由之燈』[マイクロ資料]、1884~1886、東京:日本マイクロ写真(製作)。 [9]5.『日本』[マイクロ資料]1~9194〈1889~1914〉、東京:日本マイクロ写真(製作)、1967.4~1975.2。 [10]6.『国民之友』1887~1898、東京府:民友社。 [11]7.『国民新聞』1890~1895[複製版]、東京:日本図書センター、1986.6~1991。 [12]8.『国民新聞』[マイクロ資料]1890~1942、東京:日本マイクロ写真(製作)、1966.9。 [13]9.『萬朝報』1892~1920、東京:日本図書センター、1983.12~1993.12。 [14]10.『中央新聞』1891~1924、東京:本マイクロ写真(製作)、1969.11~1970.10。 [15]11.『自由党党報』1895~1898、東京:柏書房。 [16]12.『大阪朝日新聞』、阪神版[マイクロ資料]1927.1.6~1940.8.31、大阪:朝日新聞大阪本社(製作)、1970~1971。 [17]13.『朝日新聞』[マイクロ資料]1879~1945、大阪:朝日新聞大阪本社。 [18]14.『政友』1900~1940、東京:柏書房、1980.5~1981.4;『政友』1900.10~1940.9、東京:立憲政友會會報局。 [19]15.『めさまし新聞』771號(1887.4.1)~1075号(1888.7.8)、東京:日本マイクロ写真(製作)。 [20]16.『時事新報』1899~1901、東京:龍溪書舎、1986。 [21]17.『憲政党党報』1~3、4(39~44)〈1898~1900〉、東京:柏書房、1985。 [22]18.東亜同文會調査編纂部『支那』〈1912~1945〉、東京:東亞同文會調査編纂部。 [23]19.『進歩党党報』1~27〈1897~1898〉、東京:柏書房、1985。 [24]20.『外交時報』〈1898~1904;1905~1945〉、東京:外交時報社、1898.2~1998。 [25]21.政教社『日本人』[第3次]1~223號、400~449號、東京:日本図書センター、1983.9~1984。 [26]22.『太陽』1巻1號~34巻2號、東京:博文館、1895~1928。 [27]23.『東亜時論』1~10、12~26〈1898~1899〉、東京:東亜同文会。 [28]24.佐藤秀夫編『教育雑誌』東京:歴史文献、1981.1。 [29]25.『報知新聞』1894~1942、東京:日本マイクロ写真(製作)。 [30]26.『教育時論』1885~1900、東京:雄松堂書店、1980~1996.4。 [31]27.『新日本』1911~1918、東京:冨山房、1911.4。 [32]28.『早稲田講演』〈1909~1909;1910~1911;1911~1916〉、東京:早稻田大學出版部。 [33]29.『黒龍』〈1901~1902;1902~1903;1907~1908〉、東京:龍渓書舎、1980.3。 [34]30.『日本及日本人』〈1907~1923;1924~1945〉、東京:金尾文淵堂、907.1.1~2004.1。 [35]31.『中央公論』1899~2009、東京:反省社。 [36]32.黒龍會『亜細亜時論』1917~1921、東京:黒龍會出版部。 [37]33.『東方時論』1916~1923、東京:東方時論社。 [38]34.『民政』〈1927~1941〉、東京:柏書房、1986~1987。 [39]35.『憲政』〈1918~1925〉、東京:柏書房、1986.3。 [40]36.『憲政公論』〈1925~1927〉、東京:柏書房、1988.2。 [41]37.国際聯盟恊會『国際知識』〈1922~1936〉、東京:国際連盟協会、1922~1937。 [42]38.改造社『改造』〈1919~1955〉、東京:清水書店。 [43]39.『東洋経済新報』1895~1960、東京:東洋経済新報社。 [44]1.杉浦明平·別所興一編『江戸期の開明思想』社会評論社、1990。 [45]2.子安宣邦他編『江戸の思想』7、ぺりかん社、1997。 [46]3.中山泰昌編著:『新闻集成明治編年史』第2巻、本邦書籍株式会社、1982。 [47]4.慶応義塾編『福沢諭吉全集』第5~16巻、岩波書店、1959~1970。 [48]5.大山梓編『山県有朋意見書』原書房、1966。 [49]6.吉野作造『吉野作造博士民主主義論集』第6巻、新紀元社、1947年。 [50]7.陸奥宗光『蹇蹇録』岩波書店、1977。 [51]8.西田長寿他編『陸羯南全集』第4~7巻、みすず書房、1970~1972。 [52]9.鈴木俊郎他編『内村鑑三全集』第3巻、岩波書店、1982。 [53]10.陸軍省編『日清戦争統計集:明治二十七八年戦役統計』下巻2、海路書院、2005。 [54]11.荒尾精『対清意見』博文館、1894。 [55]12.尾崎行雄『支那処分案』博文館、1895。 [56]13.竹越与三郎『支那論』民友社、1894。 [57]14.近衛篤麿日記刊行会編『近衛篤麿日記』第1~2巻、鹿児島研究所出版会、1968。 [58]15.小島晋治兼修『大正中国見聞録集成』1~20巻、ゆまに書房、1999。 [59]16.春畝公追頌会『伊藤博文伝』原書房、1970。 [60]17.外務省編:『日本外交文書』第31巻第1冊、日本国際連合協会、1954。 [61]18.東亜同文会編『対支回顧録』原書房、1968。 [62]19.外務省編『日本外交文書』第33巻别冊『北清事变』上巻、東京:日本国際連合協会、1956。 [63]20.『明治三十三年清国事変海軍戦史抄』第5巻、海軍大臣官房、1904年5月。 [64]21.宮崎竜介他校注·宮崎滔天『三十三年之夢』平凡社、1967。 [65]22.宇都宮太郎関係資料研究会『日本陸軍とアジア政策:陸軍大将宇都宮太郎日記』1、岩波書店、2007年4月。 [66]23.宇野俊一校注『桂太郎自伝』、平凡社東洋文庫563、1993。 [67]24.柴五郎『北京篭城』平凡社、1965。 [68]25.日本参謀本部編『明治三十三年清国事変戦史』巻2、4、参謀本部、1904。 [69]26.小林一美『義和団戦争と明治国家』汲古書院、1986。 [70]27.斋藤聖二『北清事变と日本軍』芙蓉書房、2006。 [71]28.実藤恵秀『中国人日本留学史』くろしお出版、1970年10月20日、增补版。 [72]29.実藤恵秀『近代日支文化論』大東出版社、1941。 [73]30.実藤恵秀『明治期日支文化交渉』東京:光風館、1943。 [74]31.野原四郎『中国革命と大日本帝国』東京:研文出版、1978。 [75]32.井上清『日本帝国主義の形成』岩波書店、1968。 [76]33.東亚文化研究所編『東亚同文会史』第2編、霞山會、1988。 [77]34.徳富猪一郎『蘇峰自伝』中央公論社、1935。 [78]35.尚友倶楽部山縣有朋関係文書編纂委員会編『山県有朋関係文書』1~3、山川出版社、2005、2006、2008。 [79]36.栗原健編『対满蒙政策史の一面』原書房、1966。 [80]37.外務省編『日本外交文書』第37、38巻别冊、日本国際連合協会、1958年12月。 [81]38.桝本卯平『小村寿太郎:自然の人』洛陽堂、1914。 [82]39.外務省編『日本外交文書』第41巻第1冊、日本国際連合協会、1960。 [83]40.内藤虎次郎『内藤湖南全集』第2~5巻、筑摩書房、1972。 [84]41.外務省『日本外交文書』28巻第1冊、日本国際連合協会、1953。 [85]42.『日露戦争実記』第47編、博文館、1905。 [86]43.徳富猪一郎『七十八日遊記』民友社、1906。 [87]44.大隈重信「東西文明之調和」『大隈伯演説集』早稲田大学出版部、1907。 [88]45.岡倉天心著、桶谷秀昭·橋川文三訳『東洋の理想』平凡社、1983。 [89]46.『岡倉天心全集』第1巻、平凡社、1980。 [90]47.北岡伸一『日本陸軍と大陸政策』東京大学出版会、1978。 [91]48.外務省編『日本外交年表並主要文書』原書房、1965~1966。 [92]49.徳富蘇峰編述『公爵山県有朋伝』原書房、1969。 [93]50.鹫尾義直『犬養木堂伝』原書房、1968。 [94]51.信夫清三郎『日本外交史』、每日新闻社、1974。 [95]52.原奎一郎編『原敬日記』4~8巻、乾元社、1951。 [96]53.関清澜『清国革命戦争実記』文栄閣春秋社、1911。 [97]54.『木堂談叢』博文堂合資会社、1926。 [98]55.『北一輝全集』2巻、みすず書房、1973。 [99]56.酒卷貞一郎『支那分割論』啓成社、1913。 [100]57.宮崎龍介·小野川秀美編『宮崎滔天全集』第1~3巻、平凡社、1971~1972。 [101]58.赵軍『大アジア主義と中国』亜紀書房、1997。 [102]59.内田良平『支那観』黒竜会、1913。 [103]60.内田良平『支那改造論』黒竜会、1912。 [104]61.内藤湖南『支那論』創元社、1914。 [105]62.山根幸夫『近代中国と日本』山川出版社、1976。 [106]63.福本日南『日南草庐集』岡部春秋堂、1912。 [107]64.角田順『石原莞爾資料:国防論策篇』原書房、1971。 [108]65.山路爱山『支那論』民友社、1916。 [109]66.大隈重信:『日支民族性論』后編、公民同盟出版部、1915。 [110]67.田中義一伝記刊行会:『田中義一伝記』原書房、1981。 [111]68.外務省編『日本外交文書』1917年第2冊、外務省、1968。 [112]69.外務省編『日本外交文書』1918年第2冊上、外務省、1969。 [113]70.沢柳正太郎『亜細亜主義』大鐙閣、1919。 [114]71.小寺謙吉『大亜細亜主義論』東京宝文館、1916。 [115]72.松尾尊兊等編『吉野作造選集』第7~12巻、みすず書房、1995~1996。 [116]73.徳富猪一郎『大正の青年と帝国の前途』民友社、1916。 [117]74.入江昭『日本の外交』中央公論社、1966。 [118]75.内藤湖南『新支那論』博文堂、1924。 [119]76.稲葉君山『対支一家言』日本評論社出版部、1921。 [120]77.幣原和平財団編『幣原喜重郎』幣原和平財団発行、1955。 [121]78.外務省編『日本外交文書』昭和期1第1部第1巻、外務省、1989。 [122]79.外務省編『日本外交文書』1926年第2冊上巻、外務省、1985。 [123]80.幣原喜重郎『外交五十年』日本図書センター、1998。 [124]81.山浦貫一『森恪』原書房、1982。 [125]82.芝原拓自、猪飼隆明、池田正博校注『対外観』岩波書店、1988。 [126]83.野村浩一『近代日本の中国認識:アジアへの航跡』研文出版、1981。 [127]84.佐藤成三郎、R.丁格曼編『近代日本の対外態度』東京大学出版会、1974。 [128]85.沈海濤『大正期日本外交における中国認識:日貨排斥運動とその対応を中心に』雄山閣出版、2001。 [129]86.坂野潤治『近代日本政治史』岩波書店、2006。 [130]87.呉懐中『大川周明と近代中国:日中関係の在り方をめぐる認識と行動』日本僑報社、2007。 [131]88.劉傑·三谷博·楊大慶編『国境を越える歴史認識:日中対話の試み』東京大学出版会、2006。 [132]89.山室信一編『日本·中国·朝鮮間の相互認識と誤解の表象:討議集 国際シンポジウム』京都大学人文科学研究所、1998。 [133]90.安藤彦太郎『日本人の中国観』勁草書房、1971。 [134]91.王暁秋著、中曽根幸子·田村玲子訳『アヘン戦争から辛亥革命:日本人の中国観と中国人の日本観』東方書店、1991。 [135]92.鈴木正編著『日本知識人のアジア認識』北樹出版、2003。 [136]93.並木頼寿『日本人のアジア認識』山川出版社、2008。 [137]94.安川寿之輔『福沢諭吉のアジア認識:日本近代史像をとらえ返す』高文研、2000。 [138]95.河原宏『近代日本のアジア認識』第三文明社、1976。 [139]96.陶徳民『明治の漢学者と中国:安繹·天囚·湖南の外交論策』関西大学出版部、2007。 [140]97.子安宣邦他編『江戸の思想 7』ぺりかん社、1997。 [141]98.竹内好『現代日本思想大系9アジア主義』筑摩書房、1963。 [142]99.葦津珍彦『大アジア主義と頭山満』日本教文社、1965。 [143]100.古屋哲夫編『近代日本のアジア認識』京都大学人文科学研究所、1994。 [144]101.溝口雄三他編『アジアから考える5·近代化像』東京大學出版会、1994。 [145]102.趙軍『大アジア主義と中国』亜紀書房、1997。 [146]103.日本政治学会編『日本外交におけるアジア主義』岩波書店、1999。 [147]104.井上寿一『アジア主義を問いなおす』筑摩書房、2006。 [148]105.岡本幸治編『近代日本のアジア観』ミネルヴァ書房、1998。 [149]106.坂野潤治『明治·思想の実像』創文社、1977。 [150]107.鹿島守之助『日本外交史』第5巻、鹿児島研究所出版会、1970。 [151]108.山室信一『思想課題としてのアジア:基軸·連鎖·投企』岩波書店、2001。 [152]1.藤村道生「日本の対アジア観の変遷」上智大学史学会『上智史学』22巻、1977年11月。 [153]2.李廷江「アジア主義について」亜細亜大学アジア研究所編『アジア研究所紀要』17号、1990。 [154]3.黒木彬文「興亜会のアジア主義」九州大学『法学研究』71巻4号、2005年3月。 [155]4.狭間直樹「初期アジア主義についての史的考察」(2~5)霞山会編『東亜』411~414号、2001年9~12月。 [156]5.橘樸「支那はどうなるか」『月刊支那研究』第1巻第3号、1925年2月。 [157]6.伊藤之雄:「日清戦争以後の中国、朝鮮認識と外交論」『名古屋大学文学部研究論集(史学)』40、1994年3月。 [158]7.伊藤之雄:「日清戦後の自由党の改革と星亨」『名古屋大学文学部研究論集』第116号、1993年3月。 [159]8.丸山真男「陸羯南:人と思想」『中央公論』1947年2月号。 [160]9.翟新「東亜同文会と清末中国の改革運動(1898~1899)」『法学政治学論究』第31号、1996年12月。 [161]10.廖隆幹「戊戌变法期における日本の対清外交」『日本歴史』第471号、1987年8月。 [162]11.久保田善丈「中国保全論の“オリエンタリズム”と中国イメージ:東亜同文会の“まなざし”と義和団事件」『中国21』、第13巻第3期、2004年4月。 [163]12.馮天瑜、劉柏林「東亜同文書院中国調査の評価と分析」『中国21』第13巻、2002年4月。 [164]13.斎藤聖二「厦門事件再考」『日本史研究』305、1988年1月。 [165]14.坂井雄吉「近衛篤麿と明治三十年代の対外硬派:『近衛篤麿日記』」『国家学会雑誌』第83巻第3·4号、1967年8月。 [166]15.臼井勝美「日本と辛亥革命:その一側面」『歴史学研究』第207号、1957年5月。 [167]16.臼井勝美「辛亥革命:日本の対応」『日本外交史研究·大正时代』夏季号、1958年。 [168]17.臼井勝美「中国革命と对中国政策」『岩波講座·日本歴史』岩波書店、1976。 [169]18.臼井勝美「辛亥革命と日英関係」『国際政治』第58号『日英関係の歴史的展開』。 [170]19.栗原健「第一次、第二次满蒙独立运动」『日本外交史研究·大正时代』1958年夏季号。 [171]20.增村保信「辛亥革命と日本」『日本外交史研究·日中関係の展開』1961年3月。 [172]21.增村保信「辛亥革命と日本の世論」『法学新報』1956年9月。 [173]22.與那覇潤「革命への投企/革命からの投企:沖縄青年層の見た辛亥革命と大正政変」『中国研究月報』60(11)、2006.11。 [174]23.大畑篤四郎「辛亥革命と日本の対応:権益擁護を中心に」『日本歴史』第414号、1982年11月。 [175]24.池井優「日本の対袁外交(辛亥革命期)」『法学研究』第35巻第4、5号,1962年4、5月。 [176]25.由井正臣「辛亥革命と日本の対応」『歴史学研究』第344号、1969年1月。 [177]26.波多野善大「辛亥革命と日本」『歴史教育』第2巻第2号、1954年2月。 [178]27.山本四郎「辛亥革命と日本の動向」『史林』第49巻第1号、1966年1月。 [179]28.池田誠「内藤湖南の辛亥革命論」『立命館法学』第36号、1961年。 [180]30.伊藤隆「大正初期山県有朋談話筆記 2」『史学雑誌』第75編第10号、第76編第3、第9号、第77編第2号、1966年10月、1967年3月、9月、1968年2月、7月。 [181]31.池井優「山東問題·五四運動をめぐる日中関係」慶応義塾大学法学部編『法学研究』第43巻第1号、1970年1月。 [182]32.松尾尊兊「五四運動と日本」『世界』1988年8月号、岩波書店。 [183]33.狭间直樹、江田憲治、馮天瑜「座談 日本人は五四運動をどう捉えてきたか」『中国21』第9巻、2000年5月。 [184]34.鈴木貫数「大正期における日本の中国観:中国革命論を中心に」法政大学『国際日本学研究』第1号、2005年3月31日。 [185]35.長岡新次郎「対華21ヶ条要求条項の決定とその背景」『日本歴史』第144号、1960年6月。 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